広島家庭裁判所 昭和52年(家)2304号 審判 1978年1月19日
申立人 川本正則(仮名)
相手方 東広島市長
主文
申立人の本件申立をいずれも却下する。
理由
一 申立の趣旨
「相手方は、昭和五二年一〇月一五日受付の申立人から書面でなされた、本籍広島県○○郡○○町大字○○××××番地佐野ミサ子、佐野徳造の戸籍謄本(又は除籍謄本)及び戸籍の附票の写の交付請求を拒んではならない」との審判を求める。
二 申立の実情
申立人は、昭和五二年一〇月一五日相手方に対し、佐野ミサ子及び佐野徳造についての戸籍謄本(又は除籍謄本)と戸籍附票の写各一通の交付を求めたところ、相手方から同年同月一七日付文書(戸発三三八号)を以て、申立人に対し、本件交付請求は除籍謄本の交付請求に該当するので、その請求の具体的事由を記載して提出するようにとの通知があつた。申立人はそれを不服として、東広島市の市民課に電話で問合わせたところ、同課の係長からは、法務局に問い合わせてみるので、二、三日待つてほしいとのことであつた。ところが四日ほどたつたが何ら返事がないので、又電話してみたところ、係長は、現在法務局に問い合せ中なのでもうしばらく待つてほしいとのことであつた。そして相手方から同年同月二七日付文書(戸発三五三号)を以て、申立人に対し、除籍謄本の交付請求を拒否する旨通知してきた。よつて申立人は戸籍法一一八条により不服の申立をする。
三 当裁判所の判断
調査の結果によると、次の事実が認められる。
すなわち、
申立人は、その所在地で○○調査事務所という名で興信所を営んでいるもので、田中正治の中山清治郎に対する債権につき、債権者田中正治から申立人がその取立の委任を受けたのであるが、債務者中山清治郎の所在が不明であつたので、その所在を知るため、同人の戸籍謄本を取寄せて調査したところ、同人には佐野ミサ子という内縁の妻があり、同女との間に清一という子がいることが判明した。それで中山清治郎も佐野ミサ子方に居るのではないかと推測し、中山清治郎の所在をつきとめるため、申立人は、昭和五二年一〇月一五日書面で、本籍広島県○○郡○○町大字○○××××番地佐野ミサ子及び佐野徳造の戸籍謄本(除籍されているときは除籍謄本)と戸籍の附票の写各一通を、その使用目的を「債権取立のため、本人・当方の参考資料にするため」と記載して相手方にその交付を請求した。又その請求をするについて佐野徳造の名をも表示しているが、同人の戸籍謄本又は除籍謄本を別途に請求する趣旨ではなく、佐野ミサ子が在籍する戸籍の筆頭者であると推測したからであつた。
そこで請求を受けた東広島市の市民課(以下市民課という)において戸籍を調べたところ、佐野徳造は昭和一六年四月二日に死亡により除籍され、佐野ミサ子も除籍事由発生により除籍されていた。それで市民課としては、除籍謄本の交付請求に該当するとみて、相手方から申立人に対し、昭和五二年一〇月一七日付書面をもつて、佐野ミサ子の戸籍は除籍されているから、本件交付請求の対象となつているのが除籍謄本ということになり、そのためには交付請求のための具体的事由を記載しなければならないとされているのでそのようにされたい旨照会した。
それに対し、申立人はそれを不服として同年同月二一日市民課にその旨電話した。すると、市民課では、前記照会書に記載してあるように、請求の具体的事由を記載してもらわなければ交付するわけにはいかないといい、又申立人からは、債権取立のためと書いてあるし、誓約書も添付してあるのだから十分であると思うと述べ、さらに市民課から申立人に対し、債権取立のためというのならば、債権証書を所持しているかどうかと聞いたところ、申立人は、「借用証書は保管しているがそれは見せられない。もし交付請求を拒否するならば不受理証明を請求する。」とのべ、それに対し、市民課では「受理するかしないかは未決定なので不受理証明は出せないが、法務局へ問い合わせてみるから二、三日待つてもらいたい。」と返答した。
そして、その後申立人と市民課との間で、三回にわたつて電話で交渉したが、申立人からは、除籍謄本請求の具体的事由についての説明が行われなかつた。そして相手方から申立人に対し、昭和五二年一〇月二七日付書面をもつて、正式に除籍謄本の交付請求を拒否する旨通知した。
以上の事実が認められ、上記認定に反する証拠はない。
そこで、上来認定の事実関係に基づいて、以下本件申立の当否について検討することとする。
戸籍法(以下法という)一二条の二第一項及び戸籍法施行規則(以下規則という)一一条の二によると、除籍謄本もしくは抄本又は除かれた戸籍に記載した事項に関する証明書(以下除籍謄本等という)の交付を請求できる者の範囲が限定され、イ、除籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属もしくは直系卑属、ロ、国又は地方公共団体の職員、ハ弁護士、司法書士等の一定の資格を有する者、二、規則の附録第二二号に掲げる法人の役員又は職員が請求できることとされ(但し、ロ、ハ、ニ、に掲げる者からの請求は、職務上必要とする場合に限られる)、上記以外の者は、法一二条の二第二項及び規則一一条の三第一項の規定により、相続関係を証明する必要がある場合、裁判所その他の官公署に提出する必要がある場合、除籍の記載事項を確認するにつき正当な利害関係がある場合に限つて請求でき、更に、この場合にはそれぞれの一に該当することを明らかにしなければならないとされている(規則一一条の三第二項)。
このように除籍謄本等の交付請求について、その請求者や請求が認められる場合を限定したのは、除籍は、戸籍の場合に比し、人の名誉・プライバシーにかかわる事項が残存しているものが多分にあり、これを無制限に公開することは国民のプライバシー保護の観点から好ましくないため、一般的に当該請求に応じてもその侵害につながるおそれがないと認められる者を限定的に掲げることとしたものであり、また、これ以外の者については、通常他人の身分関係の調査確認を必要とする場合は、比較的少なく、かりにその必要があるとしても、多くの場合は戸籍を利用することで足りると考えられるところから、除籍の利用を真に必要とする相当な理由がある場合に限つて、その請求を認めることとしたものであると解される。
そこで、本件についてみるに、上記認定のとおり、申立人から相手方に交付を求めたのは除籍謄本ということになり、又申立人の職業から考え、上記規定の「除籍の記載事項を確認するにつき正当な利害関係がある場合に限つて請求できる」とされている場合に該当するものと思料されるので、申立人は相手方に対して本件除籍謄本を請求するには除籍の記載事項を確認するにつき正当な利害関係がなければならないということになり、また、上記規定(規則一一条の三第二項)によつて、申立人においてそれを明らかにしなければならないということになる。しからば、その明らかにしなければならない「正当な利害関係がある場合」とはどのような場合かということであるが、除籍謄本等の交付を請求しうる者を限定するに至つた前記立法趣旨から考え、それは、除籍等の記載事項を調査確認するについて社会生活上の必要性が認められる場合を指すものと解すべきである。そこで、それでは本件においては、申立人において上記正当な利害関係を明らかにしたものであるといえるかどうかということであるが、申立人からの本件除籍謄本請求において、その使用目的として記載されている「債権取立のため、本人・当方の参考資料にするため」との理由だけでは、未だ除籍の記載事項を調査確認するについて正当な利害関係があること、すなわち社会生活上の必要性があることを明らかにしたものであるとはいい難いというべきである。けだし、債権取立のためとか、本人又は当方の参考にするためとの理由だけではあまりにも抽象的であつて、もし、この程度の理由だけで請求できるとすれば、殆んどすべての場合に交付請求ができることになつて、前記制限が意味のないことになるからである。
以上述べたとおり、申立人が債権取立のため等の抽象的な理由だけでの本件除籍謄本の交付請求は、未だその要件を充たしていなかつたというべきであり、また、相手方から、さらに申立人に対し、請求事由の前記不備を補完する機会を与えるため、書面により照会したにかかわらず、申立人において、これ以上詳細を明らかにする必要を認めないとして回答を拒絶したものである経過からみて、相手方において、本件除籍謄本の交付請求を拒否した相手方の処分は正当であつたというべきである。また、本件においては、申立人からなした戸籍の附票の写の交付請求についても拒絶されているので不服を申し立てるとする趣旨であるとみられるが、戸籍の附票は、市町村長が住民基本台帳法に則つて作成するものであり、又同法二〇条、一二条一項に基づき、市町村長に対し戸籍の附票の写の交付を請求し、拒否された場合の不服申立方法は、処分の取消の訴(先ず都道府県知事に審査請求をしなければならないが)によるべきものであつて(同法三一条、三二条)、戸籍法一一八条による不服申立の対象となる事項ではないので当裁判所に審判権がなく、したがつて本審判においてその処分の当否について判断すべきものではない。
以上のとおり、申立人からの除籍謄本交付請求を拒否した相手方の処分が正当であり、また申立人からの戸籍の附票の写の交付請求に応じなかつた相手方の処分についての不服申立については当裁判所に審判権がないものとすれば結局申立人の本件申立はいずれも却下されるべきことになる。
よつて、主文のとおり審判する。
(家事裁判官 川崎英治)